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レズビアン&ゲイライフをサポートするNPO法人アカーのWEBマガジン。編集部:「ふじべ・あらし」がお伝えしています。

親へのカムアウトから1年を経て(第2回)

2007年の12月に両親にレズビアンとしてカミングアウトをした、帝(てい)さんのカミングアウトのプロセスを記したエッセイの第6回目です。


両親へのカミングアウトから1年経った節目として、2008年12月に帝さんが書かれた文書から、今日は、両親へのカミングアウト直後のぎこちなさなどが書かれています。

親へのカムアウトから1年を経て〜カミングアウト・プロセス(帝) 

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父との間では、
もともと、話がしずらい関係だったので苦労しました。

隙あらば、私は、
「同性愛」の話題を向け、
そして何度も空回り。


父は顔を曇らせて黙ってしまったり、
多少の嫌悪感&話をシャットダウン
されることもありました。


これは時間がかかるし、
正面だけでなく
周りからも攻めて、長期戦の様相



逆に母は短期戦でした。


最初は、話を向けると
身構える感じではあったけれど、 
ここは、私自身を説明するよりも、
パートナーである彼女の存在に助けられました



私たちが、どんな風に一緒に居るのか、
どう在りたいのか、彼女側の家族と私がどのように接しているのか、
母の1つの質問に、私は具体的に倍返し。



聞かれなくても話題にする。
そうして、彼女の等身大の情報を得る毎に、
母も少しずつ、力が抜けてきたので、1ケ月後には、
まず母と3人で会うことにしました。



イタリアンレストランで、パスタをシェアしながら、
母は、色々想像していた“彼女“が実像となって現れたので、
興味津々な様子



逆に彼女は、最善にお伝えすべく緊張気味


その横で、今回は2人の間をフォローする格好の私。
まだ細かい事は分からなくても、伝わったであろうという感触でした。
そんな具合で、年明けにまず1つクリア。



そして、7月から私たちは同居を開始
しかし、2人とも春から多忙の最中だったので、
同居前に両親へ彼女を紹介するつもりが時間がとれず、両親と彼女の顔合わせは秋まで先送り。


その間、私たちの生活については、
例えば日常のエピソードでも、
さりげなく親に話をすることで、途切れずに繋ぎました。


動きとしては、
ペースダウンしてしまったのですが、
逆に、私自身がそれまでの焦りを見直し、

両親に対して、押す一方ではなく、引きで見られるようになった事で、
より変化を感じられるようになった気がします。


(帝/2008年12月)【続く】

親へのカムアウトから1年を経て〜カミングアウト・プロセス(帝) 

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【OMブログ】に続いて、当QMブログでも掲載を許可してくださった帝(てい)さんに感謝いたします。



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