エジプト十字架の秘密(4/5)〜「新宿二丁目」をめぐる短編
地上げが、全ての地所の約30%を超えたある夜、牧村は二丁目のバー「ファラオ」に居た。
カバンには、明日の地上げのための資金である2500万が入っていた。
その金は、明日の朝の10時には、「新宿二丁目」の町内会の役員複数に渡るはずのものだ。
<前へ 「エジプト十字架の秘密」 1 2 3 4 5 次へ>
バブルが弾けたおかげで逆に、金の持つ力が増した。
異性愛者の住人の多くが、ゲイの街である「二丁目」をうとましく思っていた。
そこに金を投げ入れると、さらに彼らの立ち退きに拍車がかかるだろう。
二丁目が消えて失くなる事などないと思っていたが、地上げが全体の三割を超えると、現実の手応えが感じられる。
俺の手でこの「二丁目」を滅ぼす日が来るなんて……。
牧村に、いつもより早く酔いがまわった。
「ファラオ」は、エジプト風の飾りつけをした、安っぽいバーだ。
この店の今この席が、俺が初めて二丁目に来た夜に確かに座った席だ。
二丁目など、きっとこの手で地上から消してやる。
真剣だった恋に裏切られた夜も、満座のバーの客達の前でおどけて笑い者にされた夜も、俺はこの街の路上に酒を吐いた。
くだらない雑誌の売り上げなど、始めからどうでもいい事だった。報酬の金さえも。
今俺は、どうしてここにいるのだ、この店のこの席に。もしかしたら俺は今夜初めてこの二丁目にやって来たのかもしれない。
およそ15分の間、牧村はマスターが二年程前にエジプトで買ってきた十字架の安っぽい置物を、右手の人差指で触っていた。
酒は、三杯目の水割があと一口で干されるところだった。
俺には、この街を殺せない。
牧村は、その夜のうちに、2500万入りの鞄と共に姿を消した。
(逆島鉈 さかしま・なたる)【続】