QMblog's blog

レズビアン&ゲイライフをサポートするNPO法人アカーのWEBマガジン。編集部:「ふじべ・あらし」がお伝えしています。

これもまた『おくりびと』

遅ればせながら、観てきました。『おくりびと』
3月14日、故・井田真木子さんの命日にあたる日に。

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本木雅弘主演の『おくりびと』だから…」そんな井田さんのお告げが降ってきたからではないです。2001年から毎年行っている恒例の井田真木子さんのお墓参りは、新宿・四谷の東長寺。そこから少し足を延ばせば、すぐに新宿だったので、墓参に参加したアカーのメモリアル・サービスのメンツで新宿ジェイシネマで観てまいりました。


生前、ノンフィクション『同性愛者たち』を書いた井田真木子さんと当会とは、井田さんが作品を書き上げた後も、取材/非取材者という関係を超えて、2001年3月に井田さんが亡くなる直前まで、交流が続いていたそうです。そんな井田さんの口からよく「もっくん」の裏話が飛び出していたそうです。井田さんが、週刊誌『AERA』1992年10月6日号の「現代の肖像」のコーナーで「本木雅弘」に取材したときの舞台裏などなど楽しそうに話されていたということです。

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こちらが『おくりびと』の前に墓参した井田さんが眠っている東長寺。都会の真ん中のお寺です。(たしかビートたけしが、かつて住んでいた「幽霊の出る」マンションもこの近くにあるとか)

もうひとつの青春―同性愛者たち (文春文庫)

●追悼の風景に小さくない風穴を開けた『おくりびと


「アカデミー外国映画賞受賞!」のネームバリューもなかなか捨てたもんじゃないな。『おくりびと』見てそう感じました。いろいろなことに「正面からは向き合わない」ということを国民性あるいは美徳(?)とするこの国で、これだけ真正面から「死」というテーマや、亡骸の存在、そして、喪の場面に介在する納棺士という存在までをクローズアップしている作品に、これだけ多くの人々の足を向けさせたのですから。


同じくお葬式を扱った映画としては、伊丹十三監督の『お葬式』(1984年)がありましたね。今回『おくりびと』を観て、(作品の偉大さにも関わらず)『お葬式』の罪の深さを、改めて感じるに至ったのであります。


『お葬式』では、儀式の建前の滑稽さ、親族たちの欲得や打算、思惑が皮肉たっぷりに描かれていて、それを観て観客は笑うわけです。この笑ってしまう、という行為自体が、厳然とそこに存在している「死」そのものや「亡骸」に、目を向けないように、直視しないように、おっかなびっくりの態度で、ニヤニヤしていることに他ならない。『お葬式』は、「死の周辺」をぐるぐるとまわっているだけなんじゃないか?そう思いました。


おくりびと』が、笑いの要素を残しながらも、死を真面目に、時として教科書的なくらい真面目に直視しています。そして、真面目なのに、これだけの商業的な成功を得たことは、追悼を巡るこの国の状況に、小さくない風穴を開けたのではないでしょうか?


●こんな映画だったの?!


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永遠に平和だけど、つまらない天国(?)のようなイメージをもつ、『おくりびと』のこのチラシ。最初に目にしたとき、私がその後、観ることになる本編の内容を正確に想像できませんでした。このチラシだけみたら、ハートウォーミングな物語かコミカルな物語を想像してしまいます。つまり、ピンクのポスターは、マーケティング上の「戦略」なのでしょう。


宣伝の段階から、テーマをそのままはっきり宣伝してしまうと、みんな引いてしまって、観客が減ってしまうだろう。それなら死のことを、ぼんやりとさせて、まずは映画を観てもらおう。それだけ『おくりびと』が格闘しようとしていたテーマは、今の観客にとってハードルの高いものだったのです。





●「ゲイ」映画の高〜いハードル


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脱線になりますが、4月18日から日本でも公開が始る、ゲイの政治家ハーヴェイ・ミルクの伝記映画『ミルク』も、『おくりびと』と違った意味でとっても「ハードルの高い」映画です。その高〜いハードルが、同じくアカデミー脚本賞(ダスティン・ランス・ブラック)と最優秀主演男優賞(ショーン・ペン)の効果で、少しでも下がればいいなと私は願ってやみません。



ハーヴェイ・ミルクの人生は、どんな偏った観点から見ても、「ゲイ」や「同性愛」をテーマにした人生、というところに帰着する人生です。道徳や倫理よりも、美学を優先してしまうような作品を多く撮り続けてきたガス・ヴァン・サント監督ですら、政治の映画として『ミルク』忠実に描いています。



ところが日本版のポスターや新聞広告の表面のどこを探しても「ゲイ」という言葉がみつかりません(『ミルク』チラシの裏面には当時のゲイ・ムーブメントの丁寧な背景説明がなされています)。代わりに「マイノリティのために戦った政治家」という表現が使われているだけです。確かに、ミルクは、多くのマイノリティと連帯した、ということは映画の中でも描かれているのは事実ですが、「ゲイ」というキーワードを差し置いてまで、映画を代表させる言葉ではないはずです。



日本の一般の観客にとって、『おくりびと』の“死”と同様に、『ミルク』の“ゲイ”というテーマが、何の前準備もなく飛び込んできたら引いてしまうという現実があり、映画の中で本木雅弘がした「困った犬のような顔」をされるくらいは、まだ謙虚な方で、「気持ち悪い」とシャッターを閉じられてしまいかねない。


みんなが映画館に足を運ぶ前に、ハードルを上げてしまうよりは、とにかく本質的なことは後回しにしてまずは、できるだけたくさんのお客さんの目に触れるためにはどうしたらよいのか?ということを懸命に考える映画会社のみなさんの、その努力と叡智には賞賛の声を送りたい気持ちでいっぱいです。




●じっくり「おくられる」ことのない同性愛者たち

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おくりびと』の“死”、そして、『ミルク』の“同性愛”。ハードルが高いこの2大テーマを2つとも、扱わないといけないのが、
当会(NPO法人アカー)が2005年より毎年、年に1度行っているコミュニティ・メモリアル・サービスです。一年に一度、私たちは、亡き友人たちの生きた「軌跡」をたどり、同性愛者として/と共に過ごした記憶やつながりを思い起こし、参加者とともに偲ぶ1年に1回の日を2005年より毎年執り行っています。


私たちが、この催しを始めた背景には、身近な同性愛者の仲間が逝くとき、あるいは、同性愛者と関わった人物たちが亡くなったとき、彼らの人生から「同性愛」という要素が、「くさい物には蓋を」式に、さっさと段取りをつけて、手をかけてじっくり送るという、そのひと手間が省略されてしまうことがあまりに多い、と感じたからです。


自死やメンタルヘルス、エイズや乳がんの問題など、人知れずたくさんの同性愛者たちが亡くなっているこの国で、同性愛者として「おぼつかない毎日」を生きること以上に、同性愛者として死んで、同性愛者として送られることは、とてつもなく難しい。


おくりびと』に、次のような台詞がありました。

「死は門。終わりでなくて次へと向かうまさに門です。いってらっしゃい。また、会おうと言いながら」

多くのレズビアン、ゲイにとっても等しく、死は門として訪れるのでしょうけど、そこから同性愛者として通過することは、そう簡単にはできない「狭き門」です。

●私たちもまた「おくりびと

私たちの、メモリアル・サービスを説明する機会で、まずぶつかる最初の関門が、「お葬式って血縁親族だけのもの」ということがあります。同性のパートナーと何年一緒に連れ添ったとしても、同性愛者だということを告げていない限り(告げていたとしても)、パートナーの死は異性愛者の血縁家族の物になってしまいます。それだけ、喪の場面は、血縁親族が占有している空間であり、どれだけ彼ら彼女らが生前、同性愛者として輝いた日々を送ったとしても、死の門が閉じられるとき、そこから締め出された「部外者」は、永久にその輝きを取り戻すことはできないのです。


私たちが、メモリアル・サービスで毎年行おうとしていることは、同性愛者たちが、故人の参加者の血縁家族も一緒になって、当事者の輝いていた生前の姿を綺麗にして送りだす、ということです。『おくりびと』で脚光を浴びることになった納棺士という職業。映画では、亡骸を一番きれいな形にして、送り出す職業として描かれています。メモリアル・サービスを提供する私たちも、亡骸は扱わないけれど、同じように同性愛者の『おくりびと』になれたら。そんな願いを胸に抱いて、今年秋のメモリアル・サービス2009に向けて準備を開始しています。メモリアル・サービスを今年もよろしくお願いします。


●打ち上げは井田真木子ゆかり「B級グルメ」のあの店!

そして、『おくりびと』を見終わった後は、新宿の焼き鳥屋『ボロカ』で打ち上げ。せっかくなら井田さんに縁のある場所で、ということで『ボロカ』になりました。


というのも、ボロカは、井田さんが生前『スーパーガイド』という本の中で、「女性にもおすすめ ヤキトリ屋14選・男女雇用機会均等法的焼鳥学(ウイメンズ・ヤキトロジー)」の中で紹介していたお店のひとつだったからです。美味しい焼き鳥やビールを飲みながら、いろいろなことを語り合い、確認できた実り多い一日を天国の井田真木子さんに感謝したのでした。

スーパーガイド 東京B級グルメ (文春文庫―ビジュアル版)







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