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レズビアン&ゲイライフをサポートするNPO法人アカーのWEBマガジン。編集部:「ふじべ・あらし」がお伝えしています。

ヒントは歴史をひも解いてみれば

歴史をひも解いてみればヒントが


最近の硫化水素の問題、そして年間3万人を超える自殺。「自死」が大きな社会問題になっている。けれども、私たちにとって、これは新しくぶつかる問題ではない。


1980年代後半。HIV感染者が社会の中で見えなくて「エイズ患者は、どこにいるのか?」とゲイコミュニティの誰もが少なからず怯(おび)えていた。「○○が感染したらしい」「○○が死んだ」という話が、ときどきコミュニティを駆け巡った。マスコミは、同性愛者や性風俗産業従事者の病気としてエイズを書きたてた。エイズのまわりには、「恐怖」があった。



そのような時期には、そんなエイズの恐怖を和らげ、亡くなった方の死を悼(いた)み、エイズについての意識を啓発するための道具が必要だった。当会(アカー)では、1980年代後半〜90年代初頭当時、毎年5月に「エイズ・キャンドル・ライト・メモリアル」、10月には「メモリアル・キルト」を実施、参加してきた。さらにキャンドル・ライトやメモリアル・キルトは、コミュニティが「政治的」になるための意識を養っていた。


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1990年代半ば以降、効果的なエイズの治療薬が発表され、エイズは「死の病」でなくなった。マスコミでも、90年代後半、エイズは「みんなの病気」ということになった。



2000年代の現在、アカーでは、「出会いイベント」や「ライフガード」などゲイに向けた予防啓発を実施している。去年は、ゲイのための予防イベント「出会いイベント」のノウハウをレズビアンのプログラムOMにも応用した。また今後「ライフガード」をユース向けに実施することも検討している。20年間活動してきた中で、エイズをきっかけにして様々な活動に応用されてきた。



現在、「自死」の周りにも、少なからず当時のエイズの時と同じような状況がある。当事者の視点を置き忘れたセンセーショナリズム。「自分勝手」と責める論調。少しも「社会が悪い」に到達しない点。果てしない原因追及。残された者が孤独の中で口をつぐまされフォローされない状況。コミュニティが死を悼んだり、しゃべってはいけない、という空気。



歴史を検証していけば、どのように応用すべきか、ヒントが隠されている。

(Arashi)

先日の記事でもお伝えしたように、今年10月5日のメモリアル・サービスに向けて開始された検討ミーティングから、話されたさまざまな関連トピックから少しずつ紹介していきます。トピックは、あくまでブレイン・ストーミングの一環として話された内容を基にした「アイデアの断片」です。現在のところ当日のメモリアルサービスのプログラム内容を指し示すものには至ってません。また会の公式見解を示すものでもありません。(Arashi)




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