QMblog's blog

レズビアン&ゲイライフをサポートするNPO法人アカーのWEBマガジン。編集部:「ふじべ・あらし」がお伝えしています。

魔王

たぶんに象徴の、そしていくぶん架空の
「同性愛都市」=「中野」


今日は、そんな中野のスポーツジム「ティップネス」を舞台にした、
「さかしま」さんによるお話をお届けします。

(紙誌面版『QM』2005年2号に掲載)

魔王


「俺ばっかり話して悪いね。すぐ終わるからさ。」


男は初対面だというのにペラペラと一方的に話し続ける。
私はサイクルマシンの前面に取り付けられたTVモニターを、何となく眺める。
画面には遠い異国の、行ったこともない砂漠の中の湖が映っている。
ここはティップネス中野店。スポールジムだ。関東と関西にチェーン店舗を持ち、その会員にゲイが多いことで知られている。
私はこのジムに週4回、トレーニングに通っている。
会員同士は余程親しくないと話をしない。


しかし今夜は、私に珍しく話し掛けてくる男がいた。火曜の夜、二十一時過ぎだ。
その男は、私の姿を見るなり馴れ馴れしく隣のサイクルマシンに座り、辺り構わず妙な話を始めた。


ここで私に会う事を夢の中で見た、とその男は言い張るのだ。
TVモニターには、外国の砂漠にあるという、名も知らぬ湖が相変わらず映っている。旅に出たい、とぼんやり思う。


ふと我に返ると、男はまだ話を続けている。
おそらく男は二十代後半だろう。少し小さめの半袖のTシャツにコットン生地の半パン。顔の特徴は取り立ててない、と言っていいだろう。ただ右目の下のあたりにホクロがある。
彼のTシャツの胸元には、左右非対称の変わった形をした水晶が、銀色のチェーンとともに光っている。
新宿や中野で頻繁に見かける、ジムで鍛えた「ゲイらしい」体を揺らしながら、男は私の隣で同じようにサイクリングマシンを漕いでいる。
話す事の内容は奇妙で、薄気味が悪い。
妙な男を無視して、さっさとロッカーへ向かおうと思う。


しかし男の言動とその態度や振舞い方の奇矯さに、ついマシンを立つタイミングをずるずる失った。


「変なことばっかり、自分ばっかり話しちゃったな。ゴメン。」


よっぽど退屈していたのだろう、私はもう少し男の奇妙な話に付き合うことにした。話に飽きたらすぐにでもサドルから降り、立ち去ればそれで済むことだ。


「この中野店も、今日初めて入ったんだよね。中央線のホームからここの看板見て、あ、この店だ、って。それでトレーニングルームに入るなり、あなたがサイクルマシンにいて。
うわぁ、ホントに夢と同じだ、って。繰り返し見る夢と一緒。これまで何度も見てきて、その度に夢の内容を思い返してみるけど、建物の感じなんかに全然心当たりがなくて。おかしいなーって、ずっと思ってた。今日やっとその夢の意味がわかった、未来のことを予め見る夢だったってことがわかった。ありがとう。でも気味悪いよね、俺。
俺だって突然初対面の人からこんなこと言われたら即逃げる、気持ち悪くって、ははは。
マシンから降りずに、黙って話を聞いてくれているだけでも、あなたの人柄がわかる。本当にありがとう。やっぱり優しい人なんだ、あなたは。」


私は見当違いの見込まれ方をされたような気になる、と同時に生来の性格の弱さを見抜かれたような気にもなった。


「すぐに終わるからもう少しだけガマンして。楽に聞いていいからさ。つまらなかったり、興味がなかったりしたら、話の途中で遠慮なく席立って構わないから。」


男はそう言って腕で額の汗をぬぐう。
さっきまでカウンターにいたティップネスのスタッフは、フロアの奥にあるウェイトマシンの補助をしに行ったのか、ストレッチマットやサイクルマシンの近くにはいない。
数少ない他の客もめいめいのトレーニングに余念がなく、男の一方的で奇妙な語りぶりに気付く者は誰もいない。


「ほんときれいな体してる。週何回位通ってるの?胸なんかスゴい。腕とかも。今日、中野店に来て良かった、ホント。
で、本題なんだけど、俺のこと覚えてない?あ、今は初対面なんだけど。生まれ変わる前のこと。俺たち今の人生で生まれる前、前世で恋人同士だったんだよね。覚えてる?」


あっけにとられて目を見開いた。
新興宗教の勧誘話術のような気もする。早いうちに帰宅したほうが良さそうだ。
明日の朝も仕事で早い。
ペダルを止め、床に足を下ろそうとサドルから腰を浮かせたその時だった。


「あなた、左の足の裏に正三角形を描くようにホクロが三つ並んでない?それから左腕の内側に皮膚の引きつれっていうか、肌に線みたいなスジ入ってない?」


私は浮かせた腰をそのまま下ろし、凍りついた。ある、確かにある。
その男の指摘通り、左の足の裏にちょうど同じ大きさのホクロが三つ並び、きれいな正三角形を描いている。左腕の内側にも、肌の上に一筋の線が入っている。幼い頃にケガでこしらえた傷だと思ってきたが、ケガそのものの記憶がなかった。生まれ持っての傷かもしれない。


「気持ち悪く思わないで。全部夢で見たことだから。」


男は心配そうな顔で、私を見つめる。
自分のシャツをまくり、男は右腕の付け根を露わにする。そこには私の左腕にある引きつれと同じような線が見えた。
足の裏のホクロの三角形のことは、私自身以外は知らないことだった。
自分から話したことはないし、この年まで付き合ってきた何人かの同性の元恋人、ゲイの友人も恐らく一人として誰も知らないだろう。


「驚いた?俺たち、ずっと昔のベトナムの王族の娘と、盗賊の跡取息子の生まれ変わりなんだよ。密会を見咎められた俺たちは捕らえられた。俺の右足とあなたの左足、おれの右腕の付け根とあなたの左腕の付け根をそれぞれ針金で縛り付けられて、見せしめのために大勢の群衆の前で、生きたまま河に流されたんだよ、前世で。」


男は微笑む。

私の頭上でジムの天井そのものがゆるやかに回転を始める。クラリと眩暈を感じる。
当然そんなことはバカバカしくて、絶対にあり得ない、と思う。でももしかしたら、この男の言っていることは本当で、私が気が付いていないだけかもしれない。
いや、絶対にそんなことはあり得ない。一瞬でもこんな出来の悪い作り話に耳を傾けるなんて、自分でもどうかしている、と思い直す。


しかし段々と男の話につり込まれ、興味を持ち始めたことは否定できない。
そして何より、本当に驚いたことは、私自身もまたゲイである、ということだった。
カミングアウトはもちろんしていない。
しかも前世で恋人だった、などとこの男から告げられると、不思議なことにあまり違和感を感じない。
日頃から注意深い性格の私は、初対面でこんな非常識なことを言い出す者の話など、決して最後まで聞いていることはない。
私のことを本当に知っているのだろうか?
TVモニターの画面は、さっきからCMばかりが流れている。
これまで画面に映っていた、遠い異国の砂漠の湖の残像が、まぶたの裏でふいに立体感を増したような気がした。
疲れている。どこかへ旅に出たい。日曜に旅行代理店にでも寄ろう、と思い立つ。


「びっくりさせちゃったみたいだね。でも心配しないで。旅行とかは好き?」


偶然見透かされたようなことを言われ、ギクリとする。


「いやゴメン。でもマジで筋肉スゴいね。」


男の胸元で光る、左右非対称でいびつな透明水晶が照明を反射してきらりと光る。私はまじまじと男の胸元を見つめる。石をよく見ると、その中心に紫色の影が見える。
ゆらゆらとその石の中で、私の目には紫色の影がまるで踊るように見えた。
顔を上げ男の顔を見る。


男は邪気のない穏やかな笑みを浮かべている。
そろそろ男をうるさく感じ始めていた。
男は水晶を私のほうへとかかげる。
不思議に思い、再び私がその水晶の中心に目を凝らした瞬間だった。


突然天井がメリメリと裂け、大音響とともに壁一面の鏡が割れ飛ぶ。まるで何かが爆発したかのようだった。私は思わず身を低くし、顔や身体をガラスの破片からかばうが、不思議とひとかけらの破片も飛んで来ない。周りの会員達やスタッフらの姿を男は腕のすき間から盗み見る。しかし誰の姿も見えない。おかしいと思い顔を上げフロアを見渡した時に、全ての照明がフッと消える。


と同時に非常口の緑色のプレートの蛍光灯だけの灯りになる。私は奇跡的にどこにもケガはしていないようだった。グワァーンと激しい耳鳴りがしている。背中がなんだか強い力で吸われるような感覚がある。さっきの爆発でビルの窓に大きな穴が開いたのかもしれない。ここは確か三階のはずだ。
私はサドルから立ち上がろうとする。しかし思うように身体が動かない。
ふと目の前に男がいたことを思い出す。
あの爆発で無事だったはずがない。うす暗いフロアを見渡す。男の姿を私は見つけることが出来ない。
背後では、体ごと吸い出されるような気流の気配がさらに激しくなる。ふと振り向くと、男が水晶のペンダントヘッドを私の方へかざしている姿が目に入った。
私はその石の中心へと、信じられない位の強い力で吸い込まれそうになる。こんなことはあり得ない、と呆然としているうちに、私は背中から男の胸元の水晶の石の中へと、すさまじい勢いで吸い込まれていった。


 あれからどのくらい時間が経ったのかわからない。
水晶の中は寒くもなく熱くもなく、思ったよりも過ごしやすい。腹も減らないし、眠くもならない。淋しいとも苦しいとも感じない。
水晶の中から見える世界の風景は、元のままの世界と変わらず退屈だ。
ペンダントヘッドの持ち主である男は、首からその水晶をチェーンでぶら下げたまま、何事もなかったかのように相変わらずティップネスに通っている。男の素性を詮索することはあきらめた。判ったところで、この水晶石の外に出られるわけでもないからだ。
通り過ぎる人、すれ違う人の誰もが、男の胸元で光る透明な石の中に、人が一人閉じ込められていることに気付かない。


水晶の中では中野のティップネスがきれいな元のままでいることが、不思議でならない。本当は、中野ティップネスは爆発などしてはいなかったようだ。
男が幻として見せたか、「石に吸い込まれる」、という怪異そのものがどうやら私に見せた幻覚だったらしい。


男は意外なくらい平凡な食事をしたり、つまらない男とゆきずりでつまらないSEXをしてみたり、新宿二丁目で酔っては吐いたりを繰り返している。人並みに昼間は辛抱して仕事をしているようだ。胸元の水晶の中にいる私からは、つまらぬ仕事をいやいやこなしているように見えることもある。


周りの誰一人、男の本当の素性を知らないようだ。
ジムでたまたま見かけたこの男の話を、退屈しのぎにと耳を傾けた瞬間、私は不幸を自分から招き寄せたと言ってもよい。


このまま私は胸元の石の中で、男と一緒にしばらく旅を続けるだろう。
段々と石の中で、私の姿の細かな部分が曖昧になっていき、やがて紫色に揺れるかすかな影となる。そうして結局最後には、石に溶け込み跡形もなく消えてしまうのだろう。
私が石に吸い込まれる少し前に、「旅に出たい」と気まぐれに願ったことを覚えている。
ただそのことだけは叶ったのだ、と決して出ることの叶わない水晶石の中から、ぼんやりと外を眺めて、時々私はため息まじりに思うのです。


(さかしま)

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